最後の女神




幸せな夜

 至近距離で視線を合わせると照れくさくなってしまう。先にふふっと笑ったのがどちらなのかわからない。
 額に唇が押しつけられる。彼の唇がとても熱く感じられて、その熱がわたしの体中を支配する。
 なんて言ったらいいかわからなかったけど、めまいがしそうなくらいにくらくらとして、その感覚に全身で浸る。
「……好き」
 この言葉を堂々と口にするのは恥ずかしかった。けれど、大地には知っておいて欲しかったから何度だって繰り返す。
 どちらからともなくソファに倒れ込んでいて、ただキスを繰り返した。唇を触れ合わせて、舌が絡み合って、下唇を吸い上げられて、身体の中心がきゅんとなる。
 うっすらと目を開けば、間近に彼の顔がある。

「俺も……好き、です」
 そう言う彼は、あまりにも余裕がないように見えた。
 手がTシャツの上から胸のあたりをさ迷い出す。あっという間に乳首の位置を探り当てられて、そこばかり重点的に爪の先で引っかかれた。甘ったるい声をこぼしてしまわないように唇に手を押し当てるけれど、あっという間にその手はソファに落ちてしまう。
「う……、や……あぁ……!」
 指がその場所に触れる度に身体がどんどん熱くなっていく。与えられる快感から逃れようと身体を揺すると、自然に反り返ってしまった。
「もう、我慢できませんか?」
 耳元で意地悪くささやく声がする。こんな時にも言葉づかいが崩れないなんて反則だ。やけに身体が反応してしまう。自分の身体がこんなにも敏感になるなんて今まで知らなかった。

「違う、そうじゃなくて……」
 もっと身近にあなたを感じたい。そんな欲求があるなんてこの人に知られたらどうなるんだろう。
 わたしは、彼のTシャツの中に手を滑り込ませた。社会人になっても何か運動を続けているのかな。背中の筋肉に沿って指を滑らせていくと、気持ちよさそうに大地が息を吐き出す。
「……ベッドに行きませんか。このままじゃ我慢できないまま、ここで襲っちゃいそうです」
 二人が絡み合っているソファからベッドまではほんの数歩。その数歩の距離を、彼はわたしを抱き上げて大股に移動する。
 身体から完全に力が抜けていたから、歩けと言われてもきっと無理。横抱きにされて、彼の胸に頭をもたせかけた。

 ベッドがわずかにきしむ音に、欲情がかき立てられる。自分の下半身がどうなっているのかまざまざと想像できてしまって、続きが我慢できないくらいだった。
「……大地、長谷川君……大地……」
 新しい呼び方と、今まで馴染んでいた呼び方と。両方の呼び方で彼の名前を呼ぶ。
 そうする度に、わたしの中に彼が浸透していくような気がした。きっと、誰にもわたしたちを引き離すことなんてできない。

 二人ともベッドに転がって、何度もキスを繰り返す。その間に彼の手はTシャツの中に滑り込んでいた。さっきまで布越しにいじっていた場所に、直接指が触れる。
 二本の指で捻られると反射的に、きゅっとつま先が丸まった。
「感じてますね」
 嬉しそうに大地が言う。ぴたりと彼が密着してくると、服の上からでも十分すぎるくらいに硬度を持った彼自身が触れるのがわかった。
「すみません、俺……その、ずいぶん久しぶりで……」
 照れくさそうに大地が言った。そんなところまで可愛いって、そんな風に受け止めてしまう。口にはしなかったけれど。

「……わたしも、久しぶり……」
 こんな風に人と触れ合うのはずいぶん久しぶり。ちゃんと付き合いたいって思う人に出会うことができてよかった。
 キスの合間に、大地の髪に手が触れる。さらさらした髪に指を絡ませると、胸が一杯になった。

「ん……あぁっ……」
 両方の胸の頂を同時に指で転がされて、背中がしなった。そんな風に触れられると、甘い声が勝手に口をついて出る。
 借り物のTシャツが頭から引き抜かれた。飢えているような勢いで、大地が胸にしゃぶりつく。ちゅっと吸い上げられてまた声が上がった。温かな舌の感触に胸の鼓動が速まる。
「やっ……もうっ……」
 脚の間がどろどろとしてきているのがわかった。息が乱れて、これ以上どうしたらいいのかわからなくなる。

「静さん……少し、腰を上げてください」
 言われるままに腰を上げると、借り物のショートパンツと下着が一気に引き抜かれた。もうわたしの身体を隠してくれるものは何もない。
「ふっ……ん……あっ……」
 まだ触れられていない。けれど、大地の目はわたしの身体の中心に張りついていた。ずっと、見ているだけ。それなのに勝手に腰がうねって、息が乱れてどうしようもなくなる。
「も……見ない……で……」
 身体が熱い。視線で貫かれて、それだけで体温が上がるみたいだ。

「静さん」
 小さな声で、大地がわたしの名を呼ぶ。
「……先にイッてください」
 次の瞬間、大声を上げてわたしはのけぞっていた。閉じることができないように両足をしっかりと押さえつけられて、間に大地の頭がある。
 その場所は完全に柔らかくなっていた。溢れた蜜を大地の舌がすくい上げる。舐めても舐めてもそれはとどまることを知らなくて、シーツまで濡れていそうだった。
「んっ……や、あっ……あっ、あぁっ」
 その上の方にある尖った場所を舌でつつかれる。その動きにあわせて声が漏れた。ぴりぴりとした感覚が、頭の上まで一気に走り抜けていく。
 一度に二本の指もすんなりと受け入れた。舌の動きと出入りする指。両方の感覚に乱されて、シーツの上で必死に身体をくねらせる。
「も……いっちゃ……う……!」
 宣言してしまったのは、敗北の証。ぴんと手足が伸びて、それからがくがくと震えてシーツに落ちた。
 すさまじいほどの快感に、もう身動きをすることさえできない。吐き出した息は、とても甘かった。

 シーツにぐったりと横たわって、ただ乱れた呼吸を繰り返す。これだけじゃ終わらないこともわかっていた。
「静さん、もう、いいですか」
 せっぱ詰まった声で、大地が言う。言葉を出すこともできなくて、ゆるゆると首を縦に動かすことしかできなかった。
 避妊具の封を切る音がかすかに響く。わたしは息を止めて、次の衝撃に備えた。
「もう少し、脚を開いてもらえますか」
 彼の言葉に従って、自分から脚を広げる。間に入り込んだ大地は、わたしの頬に唇を押し当てた。
「……いきます」
 わざわざそんな風に聞かなくてもいいのに、とちょっとおかしくなってしまった。けれど、わたしのペースに合わせてくれようとしているのが嬉しい。

 薄い皮膜越しでも彼の熱が伝わってくる。入り口に押し当てられて、一度そこで止まった。
「お願い……っ、早く……っ!」
 ねだるのと同時に一息に貫かれた。久しぶりに他の人を受け入れたその場所は、一息に押し開かれて、快感よりも先に熱を感じる。
 これ以上喘ぐ声を聞かれたくなくて、顔を横に背けた。唇をぎゅっと噛んで、さらにその上から手で覆う。
 大地は一度腰を引く。失われた圧迫感に、わたしは物足りなさそうな声を上げて身体をくねらせてしまう。
 もう一度ねだると、今度は彼は一息に突き入れてきた。最奥を突かれて、鋭い快感に全身がぶるぶると震える。

 わたしは彼の背中にしがみついた。こうやって快楽を貪っていても、今までのような苦しいだけじゃない。どうしようもないくらいの幸福感に全身が満たされる。
「も……イき……そっ……」
 必死に訴えると、腰の動きが激しさを増す。わたしは快楽に押し流されて、すすり泣くことしかできなかった。
「……俺も……もうっ……!」
 耳元でささやく彼の声もせっぱ詰まっている。一気に昇りつめて身体を弛緩させると、そのすぐあとに彼も果てた。
 幸せだ。心の中に浮かぶのはその言葉だけ。幸せだ。互いの身体に指を這わせて、ところかまわずキスをする。そうしているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。


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嫉妬する十年、恋する永遠へ