最後の女神




一方通行の想いなんていらない

 そのまま彼の家に遊びに行くことになった。寮の夕食はもうキャンセルできない時間だけれど、そんなことより彼の家に行くことの方が大事だった。
「ずいぶん立派なマンションじゃない?」
 マンションの前に着いた時、わたしは目を丸くした。十数階はありそうな立派なマンション。煉瓦っぽい壁はおしゃれな雰囲気だった。
「これ、親戚の持ち物なんだよね。親戚価格で安く買してもらってるんだ」
 それで納得した。学生が一人で暮らすには贅沢なんじゃないかっていうくらいだったから。

 三階にあるその部屋は、かなり広かった。ワンルームだったけれど、ベッドを置いてある部分は、ついたてみたいなもので隠されている。ソファにローテーブルに、それにテレビがあっても少しも狭く感じない。
「シャワー浴びる?」
「う……うん……」
 ここまで来て急に恥ずかしくなってしまった。男の人の前に全身を晒すのなんて初めてじゃないのに。

 汗をかいた、と彼が先にシャワーを浴びに行って、手持無沙汰になってしまった。
 することもなくて、床にぺたんと座って彼が戻ってくるのを待つ。トランクス一枚で戻ってきた彼は、手に新しいバスタオルを持っていた。
「お待たせ。これ、使って?」
 渡されたバスタオルを受け取って、立ち上がる。
 こういう時ってメイクはどうするものなんだろう。よく考えたらメイク落とし持ってきていない。したままでいるのも違うような気がする。

 直哉に呼び出された時は、シャワーを浴びる時間なんて与えられなかった。終わった後でさえも。
「自分の家で使っているのと違うシャンプーの香りがしたら親は気づく」
というのが彼の言い分で、気づいてもらってもわたしは一向にかまわなかったのだけれど、今となってはそれでよかったのかもしれない。

 鞄の中をあさって、講義中に髪をまとめるのに使っているバレッタを取り出す。まとめた髪と顔を濡らさないように注意してシャワーを浴びた。
 それから先、どうしたらいいかまたわからなくなってしまった。着てきた服を着て戻るもの? それともタオルだけ巻いて戻るべき?

 迷った末に、タオルだけ巻いて部屋に戻った。今脱いだ服は汗でぺたぺたしていて、もう一度身に付ける気にはなれなかったから。
 見苦しくないように下着を中に入れ込むようにしてたたんで置いておく。間違ったことをしていなかったらいいのだけれど。

「静、おいで」
 部屋に戻った時にはカーテンが引かれていて、外はまだ明るいのに部屋は薄暗くなっていた。
「震えてる……ひょっとして、初めて?」
「は、初めて、じゃ、ないっ……けど……き、緊張、して……!」
 緊張しているのは本当だった。
 確かに未経験じゃないけれど、普通の経験をしてきたとも思えない。自分のことをなんとも思っていない相手に抱かれ続けるなんて、普通の高校生はしないだろうし。

 洋治君の前で変な反応をしてしまわないかそれだけが心配だった。
「緊張? ……何で、緊張するんだよ」
 薄暗い中で、洋治君が苦笑いするのがわかる。彼が立ち上がったと思ったら、三歩でわたしのところにまでたどりついた。
「顔、上げて」
 やっぱり緊張している。なかなか顔を上げることができなかった。
「ほら、静。大丈夫だから」
 唇もまつ毛も震えているのが自分でもわかってしまう。洋治君が目を見張った。
「……くっそう……!」
 乱暴なキス。まるで噛みつくみたいな。強引に口の中に入り込んできた舌は熱くて、わたしは簡単に翻弄されてしまう。

「……な……に……?」
「可愛い。めちゃくちゃ可愛い!」
 キスの合間に可愛い、と繰り返されてバスタオルの下で身体が反応した。あっという間に乳首が硬くなって、お腹のあたりが熱くなってくる。

 ぎゅうぎゅうと彼に腰を押しつけると、彼の方も興奮しているのがわかった。しっかり硬くなったものが布越しに熱を伝えてくる。
「んぅ……あ、や、やぁんっ」
 バスタオルの上から、硬くなった乳首を捻られる。それだけで簡単に身体の力が抜けてみっともない声を出してしまった。
 止める間もなく、巻いていたタオルが床に落とされる。その下には何も身に付けていなかったから、彼の目の前に全てをさらけ出していた。

 もう少し大きくてもよかったな、と思うけれどそこそこ大きな胸と、もう少しダイエットの必要な腰。足のラインはそこそこ綺麗だと思う。
 ごくりと彼の喉が鳴るのがわかるような気がした。軽々とわたしを持ち上げてベッドへと運ぶ。
「いっ……ん、あ、あ、あっ……」
 胸の頂が唇に含まれる。舌で左右に転がされると、それに合わせて声が漏れた。こうやって、誰かの手に触ってもらうのは久しぶりだったから、身体がもっともっととその先を強請る。

「やばい……俺、もたないかも」
「いあああああんっ」
 気が付いた時には大きく両足を広げる体勢になっていた。指が激しく出入りしていて、足の間からはぬちゃぬちゃと湿った音がしている。
「ほら、わかる? こんなに濡れて、俺の指を締めつけてる」
「言わないで……」
 そういう風に言葉で自分の状況を示されるのがたまらなく恥ずかしかった。直哉の指じゃなくても乱れるのだと知った。
 そんな自分をどこかで浅ましいと感じていたから、それを忘れるために貪欲に快楽をむさぼる。

「言わないで……って言われても、無理。ほら」
「あああっ!」
 中で激しく指が掻き回される。そうされると目の前を星がちかちかして、直哉に教え込まれたあの感覚がやってくるのがわかる。
「あぁっ……な……に……」
「何なのに?」
 問い返されて、頭から水を浴びせかけられたような気がした。身体を支配していた高揚感は一気に下がっていって、妙に冷めた心だけが残る。

 今、わたしは直哉の名前を口にしようとしていた。目の前にいるのは、洋治君のはずなのに――わたしは、この人が好きなはず、なのに。
「ちがう……ちがう、の……」
 慌てて言葉を探す。何と言えば、この場をごまかすことができるのだろう。
「あのっ……その……もう少し、だったの……」
「イきそうだったってこと?」
 羞恥に顔を染めながらうなずいた。本当は違うけれど――この人を傷つけたくない。だって、大切なんだ。とても。

「何だ。ごめん。俺がもうちょっと上手くやればよかったね」
 謝られると切なくなってしまう。洋治君は悪くない。悪いのはわたしだ。今でもどろどろした過去が足に絡みついている。
 見せてはいけない。まだ彼に捕らわれているなんて洋司君には見せられない。
「……あの、ね? わたしも……触っても、いい?」
 下着越しにおずおずと手を伸ばすと、彼は少し元気を失ってしまっていた。数回、撫で上げるとそれでもすぐに硬く張りつめてくる。

「ごめん、今日が初めてなのに」
 もう一度謝られて、胸がきゅっとなった。
「ううん。そんなことない……すごく、嬉しい。本当よ? 洋治君の本当の彼女になったみたい」
「今までだって彼女だったろ」
「うん、そうなんだけど。わかってるんだけど……」
 彼と一つになったら、きっと何かが変わる。そんな気がしていた。
「入れていい?」
 大丈夫、と返すと抱きしめられてそのままベッドに押しつけられる。彼と一つになって揺さぶられて、一緒に果てて――寮に戻らなければならない時間が来るまであっという間だった。

 たぶん、この日の私がどれだけ幸せだったのか。洋治君にはわかっていなかっただろう。
 わたしが好きで、そしてわたしを好きでいてくれる人と一緒にいることが幸せだと本当に知ったのは、この日のことだったから。
 一方通行の想いなんて、いらない。初めてそう思うことができた。


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嫉妬する十年、恋する永遠へ